菊竹 雪さん(左)と一般社団法人渋谷駅前エリアマネジメント 事務局長 清水 寛之(右)
グラフィックデザイナー/東京都立大学名誉教授
菊竹 雪さん
一般社団法人渋谷駅前エリアマネジメント(以下、渋谷エリマネ)と、東京都立大学ヴィジュアル・コミュニケーションデザインスタジオは、渋谷駅周辺におけるメディアの開発と社会実装に関する産学連携共同研究の取り組みを2016年4月から2024年3月まで行いました。100年に一度と言われる渋谷再開発に伴う工事現場の仮囲いを、渋谷と人々を繋ぐメディアとして位置付け、学生たちがデザインした様々なアートを掲出したり、モーショングラフィックスの渋谷スクランブルスクエア大型ビジョンへの投影などを通じて渋谷を行き交う人たちに渋谷の街の魅力を発信しています。
今回、このプロジェクトを長きに渡りご指導いただいた菊竹さんを迎えて、今回の渋谷地下街室外機フェンスアートのアイデアの源泉や、工事現場を使った+FUNな取り組みに対する思いを伺いました。
渋谷エリマネ 清水 寛之(以下、清水):
菊竹さんは2023年度末に東京都立大学を退官されるまで9年ほど、このプロジェクトをご指導いただいておりましたが、その始まりはどのようなものだったのでしょうか。
菊竹 雪さん(以下、菊竹さん):
私自身は、公共の建設現場の工事仮囲いを使ったデザインというものを長年取り組んでいました。渋谷がこれだけの大きな再開発で街が新たに変わっていく中で、建築家の内藤廣先生より「工事現場を使った+FUNなプロジェクトを考えてほしい」というお声掛けをいただきました。
ちょうど同大学に着任した時期だったこともあり、私が主体となって計画するのではなく、学生たちとともにプロジェクトとして取り組む方が、渋谷にとっても参加する学生たちにとっても有意義なのではと考えました。そこで、大学院の授業プログラムの一環として、1年間をかけて渋谷に掲出できる作品を制作することを目標にスタートしました。
清水:
そもそも菊竹さんが工事現場の仮囲いデザインの取り組みをはじめられたのは、どういったきっかけがあったのでしょうか?
菊竹さん:
きっかけは、パリの凱旋門を覆った工事用仮囲いデザインを見て圧倒的な力を感じたことです。シャンゼリゼ通りの真正面にある世界的な観光名所が、工事用のグレー色メッシュシートで覆われてしまうのは残念であるという考えから、フランスの女性デザイナーが、パリの国旗を想起させる三色のカラーで覆うデザイン案をパリ市に提案し、採用されました。
清水:
これは、工事現場でも逆に記念写真を撮りたくなりますよね。この時にしか出会えない光景で、新たな価値が生まれますね。
菊竹さん:
そうですよね。しかも後日談がありまして、凱旋門で使用されたシートの一部をポストカードに貼り付けて、販売されました。その売上で、メッシュシートのデザインにかかった費用を賄ったという点も、素晴らしいアイデアだと思いました。
大学で建築を学んだこともあり、工事現場の仮囲いのデザインに強く惹かれ、世界各国の仮囲いデザインを意識して見るようになりました。そして、仮囲いを通じてどのような価値を創出できるのか、深く考えるようになりました。
清水:
今回のプロジェクトは、渋谷地下街室外機フェンスアートの取り組みですが、今回のテーマと、どのようなところからアイデアがスタートしたのか教えていただけますか。
菊竹さん:
アイデアのきっかけは、2025年3月末まで、渋谷スクランブルスクエア大型ビジョンで放映されている、学生が制作した「シブヤ・ジャングル」という作品です。ハチ公やモヤイ像、ホープくん、そして渋谷のビルや街並みを、ジャングルを構成する要素として捉えた作品であり、学生ならではの独自の視点で渋谷を表現しています。
今回の渋谷地下街室外機フェンスアートのプロジェクトテーマは「渋谷カルチャー・ジャングル」です。学生のアイデアに刺激を受け、混沌とした多様性を肯定的に捉える視点で、「渋谷カルチャー・ジャングル」というテーマが生まれました。「混沌」という言葉もポジティブに捉え、さまざまなものが生まれ、融合していく可能性を秘めたものと考えています。渋谷という街の魅力を、多様性をすべて包み込み、許容する土地としてデザインを通じて発信できないかと模索しました。
清水:
確かに、仮囲いというもの自体も混沌とした街の中にある空白ですよね。そこを学生やこれから羽ばたいていこうとする若いアーティストたちが、自らの表現を発信する場としてどんどん活用できたらいいですね。「渋谷」という街だからこそ、無理やり押し付けられた価値観ではなく、多様な考えや価値観を自然に受け入れるきっかけになるのかもしれないと感じています。渋谷は、そんな表現や発信ができる場所だと、いろんな人に知っていただけたらと思います。
菊竹さん:
室外機フェンスは、毎日多くの人が行き交う渋谷駅前の鋪道上に設置されています。これから数年にわたり、「渋谷カルチャー・ジャングル」をテーマに、清水さんをはじめとする渋谷駅前エリアマネジメントの皆様とともに、「SHIBUYA」の文字部を使ってさまざまな発信を行っていく予定です。何気ない瞬間にふと目を留めていただけるような存在になればと願っています。
清水:
可能性が詰まってますよね。今年の1月にモヤイ像がお引っ越しをしたのですが、渋谷にはハチ公をはじめ、色んな待ち合わせ場所があります。今回の渋谷地下街室外機フェンスアートも、新たな待ち合わせ場所や、渋谷で過ごす人たちの特別な場所になったら嬉しいですね。
菊竹さん:
最後になりますが、工事現場の仮囲いデザインや渋谷スクランブルスクエアの大型ビジョンでの動画作品は、携わった学生たちにとって大きな財産となりました。渋谷駅前エリアマネジメントの皆さんが何度も大学まで足を運び、学生たちに真摯に寄り添いながら「どうしたらもっと良くなるか」と耳を傾け、議論に参加してくださったことも、学生たちにとって貴重な経験となりました。こうした発信の場を作っていただき、継続して取り組ませてくださったことに、心から感謝しています。
清水:
こちらこそ本当にありがとうございます。これまで携わってくださった学生の皆さんが、また別の形で渋谷の街に関わってくださると嬉しいですね。日々、新しい発見がある街「渋谷」を、今後も学生の皆さんや、来街者の方、地域の皆さんに参加していただき、一緒に育んでいけたらと思っています。
菊竹雪 グラフィックデザイナー。東京都立大学名誉教授、多摩美術大学客員教授。株式会社コンパッソ主宰。1994年度文化庁派遣芸術家在外研修員として、英国Royal College of Arts在籍。ランドマーク、スペース、車両、工事現場に関わるスーパーグラフィックを手がける。主な仕事に、札幌JRタワー「direction」、東亜石油本社外壁、リスパック関東工場外壁、シーサイドライン2000型車両等。CSデザイン大賞、JAGDA新人賞、JCDデザイン優秀賞、SDAデザイン大賞、グッドデザイン賞、英国D&ADイエローペンシル賞、ブルネル賞等など国内外のデザイン賞を受賞。神奈川県屋外広告物審議会会長、千葉市、八王子市、横須賀市の景観審議会委員。 |